2016年1月1日

頌春  pH 71 

 Musuq wataqa qankunapaq allinllataq kachun, ari.
 新年快乐!! 新年快樂!!
 Naarli mabu wangngaradyiya miliyagun marul!
 행복한 2016 년이 되길!
 ¡Qué sea feliz y magnífico año 2016 para todos!
 Wish you folks all a happy, green and peaceful Year of Monkey!




2015年7月20日

内田樹の「人文学概論」
        @京都精華大学 2015年7月20日 


 京都精華大学人文学部の客員教授でもある内田樹さん(思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授)の講義をノートテイクしました。


 当日、会場からのツイート連投をすでに公開していますが、その後、内田先生に何ヶ所か言葉を補っていただきました。また、段落の区切りを整えなおし、数カ所、細川の誤記を訂正しましたので、以下、あらためて掲載します。人文学の思索と身体性について、深い示唆を与えてくれるお話でした。

 あくまで細川のアンテナを通して整理したメモです。いくつか大事なところが漏れ落ちてしまっているかもしれませんが、お赦しください。(文責:細川弘明

 ※7月20日(月曜祝日、全学キャンパスの授業公開日)、人文学部1年生むけ必修科目「人文学概論」を公開するということで、見学者も60人くらい、階段教室の後方に来ておられます。卒業生の姿もちらほら見かけます。
 4時間目(14:40-16:10)京都精華大学・明窓館201番教室にて

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 内田さん登壇。4月から客員教授で、お給料ふりこんでいただいてますが、今日が初仕事です(笑)。白井聡さんを採用するなど、この大学の人文学部は「攻めの人事」をしてるなぁと思います。1年生には「攻め」ったって何のことか分からないかもしれませんが。

 人文学部は定員割れなど、苦労されてる。この大学だけじゃなくて、日本中そうだし、世界的傾向でもある。韓国の大学を毎年訪問してるが、そこでも韓国の歴史・文学について学ぶ学部の人気が急に落ちている、若者が「実学」(ITとか)に殺到している、という話をきく。

 韓国の先生たちが心配しているのは、韓国の歴史も文化も言葉も知らず、関心も敬意ももたない人がビジネスをやって、社会や共同体をつくっていけるのか、彼らに国の支配をまかせてよいのか、ということ。同胞を助ける、助け合うという価値観を支配者がもたないような国になってしまうのではないか、と。

 今の話はおととし行ったときに聞いた話。去年行って講演したときは、セウォル号沈没事故のことについて聴衆(教員)から意見表明があった。韓国では目上の言うことをきく、上位者の命令をきく、という教育訓練ばかりしてきて、状況を自分で判断して対応するという教育がまったく欠けてた、と。「上位者の指示について『これはおかしい』と疑う能力を学校教育が壊して来たのではないか」と悔いておられました。

 セウォル号の高校生たちは「大丈夫だから待て」というアナウンスに従って大勢死んでしまった。しかし、僕が思うに、「おかしいんじゃないか」と思った高校生も実はいた筈ではないか。船かたむいてるし、水はいってきてるし、船員にげてるみたいだし。

 危機的状況で、自分の判断で「上位者からの指令」をキャンセルする能力を学校で育ててこなかった。さきほどの韓国の先生は、そういう話を涙ながらにされまして、そのお気持ちは僕もよくわかる。

 お金を儲けるとか、そういうことより、生きのびるということが、もっと大切。そのために一番必要な能力は「ウソを見抜くこと」。この能力は女の子のほうがすぐれている。

 私の友人の高橋源一郎さんが、ひとがウソをついているかどうか見抜けると言ってた。右斜め上を見るか、左斜め上を見るか、目のやり場でわかるんだそうです。右か左かは、ひとによって違う。

 僕は考えながら話すので、目が上にむくことが多い。武道家の甲野善紀先生は、下をむいて、腹に照らして、具合がよいかどうかを判断してから答える方でして、言葉がでるまで時間がかかるが、そうやって言うことを吟味していた。

 世の中ウソ言う人ばかり。「こうしなさい」「これが正しい」「これが決まりだ」云々。人文学とはウソを見抜くことに尽きる。身体はウソを言わない。自分の言葉に体が同意しないとき、声がうわずったり、目が動いたり、微細なことだけど体がついていかない。

 体がのっている言葉とそうでない言葉がある。学生のあいだは人の話を聞く立場であることが多いが、真偽を判定する知的能力が無いうちに、真偽を判定しないといけないので、かなり危険。自分が知らないことについて真偽を判定するのが、たとえばメディアリテラシー。

 知らないことについて判定するということが出来ないと、学びの場に立てない。一番大事なことは、そこなんですよ。知識がないにも関わらず、学部を選んだりテーマを選んだりしている。なんらかの判断をしている筈。生物的直感をとぎすますことが一番大事。

 ゼミを選ぶ学生の面接を長年してきた。その経験でよくわかるのは、「これこれを学びたい、これこれをテーマにしたい」と理路整然と話す人はだいたいダメ。特に興味はないんだけど、友達にさそわれて一緒に来たりする子が、かえってゼミでよく勉強したりする。何でそうなるか。

 なに勉強したい、と聞いても、わかりません、あるいは漠然と「中国近代史」とかいうことしか言えない。こういう子は、自分がなんでそれに興味があるのか分からない。こういう子はよく勉強する。勉強しないと分からないことだから。

 タレントのオーディションなんかであるじゃないですか。友達が勝手に応募写真送っちゃった、その友達は落ちたけど自分は通った。あれ、どうも作り話ではなくて、そういうことが実際にある。何で自分はここにいるんだろう、ということが分からず、まわりの人に聞いたり。

 何で自分が採用されたのか分からないと、不安でいろいろ周りに聞いたりする。「なぜ私はここにいるのか」という問いがすごく大事。そういう問いを発しない人は騙されやすい。たえずセンサーを働かせて答えを求めないといけない。少しずつ答えを探す、その感覚が大事なんです。

 人文科学の人気が無いのは、何やってるか分かんないから。何の役に立つのか、年収どんくらいになるか、全然分からない。ぼくはフランス哲学のレヴィナスの研究をずっとやってきて、論文書いたり、本出したりしたけど、いまだになぜレヴィナスをやってるのかと問われると、今でも絶句する。指導教官は、レヴィナスをやりたいと言うと「やめときなさい」「誰も知らない人の研究をしても評価されないよ」と仰った。たしかに当時、誰もレヴィナスの研究なんかしてなかった。

 しかし、レヴィナスの勉強をしていると理由はわからないが、とても幸せ。評価されるためにテーマを選ぶのではなく、それをやりたくて仕方ないから。20代からずっとレヴィナス読んでると、もう体も価値観もそうなってる。もうひとり、20代からずっと影響うけてきたのは大瀧詠一さん。ラジオで聞いてから、あ、これはすごい、この人についていきたい、と思ってずっと聞いてる。

 同じものを徹底的に知るには、自分の能力を最大限に発揮し、さらに自分を変えていかないとならない。「わかった」というのはだめ。人に対して「もう分かった」というのは極めて攻撃的なメッセージ。男女関係でもそうですよね。「君のことはもう分かった」なんて言ったら、もうおしまいでしょ。

 でも「もっと分かりたい」というのはあるし、愛の基本。「わからない」「わかりたい」という中間状態をずっと維持することが難しいけれど大事なんです。

 「問題」というのは時間をかければ解答に出会えそうなものだけ。簡単にわかるものは「問題」じゃないし、まったく答えのないのも「問題」として成り立たない。「わかる」と「わからない」の中間にこそ、答えを求める営みがある。人文学は、かなり行動的で、パフォーマティブなもの。知性が活動しないといけない。哲学って、一言でいうと「知性をいかに起動するか」。「答えがみつかりそうな気がする」という直感が大切なんです。

 知性をはたらかせるとき人間はよろこびを覚える。根源的に思考する。思考する自分そのものを再帰的に思考する。何で自分はこれに興味を持つのか、どう捉えようとしているのか。自分の思考回路そのものを主題化するわけだから、わかりにくい。でも、これが知性の根源。

 知性が起動する仕組みがわかっていないと、知識を使って何かをすることなんてできない。情報が伝わってきたとき、自分が知らないことだと、それが本当なのかどうか判定するのは難しいけれど、判定しないといけない。大学は情報を身につけるところではなく、知性の働かせ方を学ぶところ。

 食べるものや好みが違うように、人によって取り込むもの、それで成長していけるものは違う。となりの人のとは違う。真似していいのは18歳くらいまで。自分が本当に食べたいものを見つける、あふれる情報のなかから選択する。難しいですよね。消化できないものを食べておなかこわしたり、顎こわしたりもしますからね。誰も食べていないものを「これは食えるぞ」と発見するのが大学での知性。

 食文化には2つある。基本は「飢えない」こと。食べられるように加工したり、みんなが食えないと思っているのを食べられるということを発見する。そういう人が生き延びる。みんなと同じものしか食べられない人は滅びるリスクが高い。

 調味料って、世界の食文化を見ると発酵したものが多い。知らない人には腐っているように思えるものでも、ちゃんと食べられるというのが食文化。知性も食文化と同じ。食べられないと思ったものを、調理や加工や調味で食べられるようにする。誰も食べられないと思っていたものを実は食べられると発見するのは人類への貢献。人文学はそういうもの。

 先人たちの苦しみを知ることは必要。でもそれは自分が新しいものを見いだすためにこそ必要。まわりの人から、それ食えないぜ、腐ってるぜ、と言われるリスクはある。「まぁ好きにやってなさい」と言われたら、しめたもの。

 僕はスティーブ・ジョブズとはちょっと縁があるんです。大学卒業後、友人の翻訳会社で仕事もらったのが、ジョブズとウォズニアックの論文。IBMの中央集権型のコンピュータシステムに対抗して、ネットワークで個人が繋がる「パーソナル・コンピュータ」というアイディアを出したところがすごいなぁと思って、この人には成功して欲しいと思った。まだアップルで成功する前の話。

 スタンフォード大でジョブズがした講演は素晴らしかった。「後になってみないと分からないこと」について語っていた。彼は大学を1年でやめちゃったけど、大学にいるあいだ、calligraphy(西洋書道)を1年習った。のちにマッキントシュを開発するとき、フォントを選べる機能、字間を調節する機能(カーニング)、美しい字をパソコンで表現できるのを「標準装備」にするという発想で革命おこした。

 大学でなぜカリグラフィーを習ったのか、やってるときはなぜ自分がそんなことをしているのか分からなかった。後になって初めてわかる。あ、ちょっとトイレ行かせてください(笑)。中座
 ── (戻って)何をいうか一瞬忘れちゃったんですよ、そしたら便意をもよおして(笑)。

 ジョブズの講演の話でした。彼が言ったのは「心と直感に従う勇気をもつことが一番大事」と。これは深い言葉。自分の心と直感についていくには、勇気がいる。みんなやめろ、という。必ず妨害される。「なぜか」とジョブズは続けます。「あなたの心と直感は、なぜかはわからないが(somehow)、あなたが何になりたがっているかを知っているからだ」と。

 さすがに苦労した人の言葉は違うなと思いますね。計画性をもて、何年先のことまで考えて、と助言する人が多い。でも、そうではない。何歩か進んで振り返って初めて分かることがある。

 食文化でいうと、文化の違う人から「あんなものを食べて」と指さされるのは悲しむべきことではない。異文化への不寛容であるとしても、人類全体が飢餓で滅びることを防ぐという貢献。

 ひとりがあることをすることで歴史が変わる、または、ひとりがやるべきことを怠ることで歴史が変わる、ということがある。そのことは自覚しないと。教師の役割は、君たちが「やるぞ、学ぶぞ」という気にさせること、そのきっかけをつくること、それだけが役割。ひとりひとりの知性が何をきっかけに、どのように発動するかは、予測不能。だから異なるタイプの教師がいる意味がある。

 極真空手の達人と話して、内田先生の話はここに入るからいい、と胸をさすので、どこですか?と聞くと「大胸筋に入ります」と(笑)。人の話が自分の体にどのように入っているかをモニターすること、できるちからをつけることが大事。

 あんまり集中して聞くのもよくない。不思議なもので、不注意に聞いた話のほうが身に沁みる、ということがある。知性が活性化するのは、喉に小骨がささったとき。うまく飲み込めない。うまく理解できない。なんとなく半分くらいは分かる、というのがよい。

 分かりにくい話で、ごめんなさい。せっかくこの大学の教師になりましたので、また君たちとお目にかかって話ができるのを楽しみにしてます。(拍手)


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以上、京都精華大学「人文学概論」での内田樹さん(客員教授)のお話でした。

科目担当者のウスビ・サコ人文学部長がコメント的質問: 私(西アフリカ出身)、日本に来てショックだったのは、日本人のウソの付き方がよくわからない。国際的に大丈夫なのかな、と心配も。

内田さん: ウソは文化的なので、ほかの文化圏の真実とウソの見極めは難しい。身体感覚、今まで見たことのない身体反応にだまされる、という経験を何回かつむ必要ある。僕もフランス人で付き合いやすいのは、日本的な恥じらいとか、照れとかの身体反応が読み取れるタイプの人。

サコさん: 日本で、「いやこれは日本ではダメなんですよ、日本ではそうではないんですよ」とよく言い聞かされるんですが、そういうこと言う人は本当に日本文化がわかってないんじゃないか、とも思う。

内田さん: レヴィナスというユダヤ人の哲学者のことを勉強すると、なんで日本人の僕がユダヤ人の思想に興味を持つのかという問いがあり、日本人はユダヤ人の学術や文化に興味もつのに、ユダヤ人はあまり日本に興味もたないのは何故か、という歴史的な問いの流れに位置づけられることに。40年やってきて分かったのは、自分の個人的な関心だけなのではなく、日本人の一神教コンプレックスという思想史的なこととつながっている、ということがやっと見えてきた。

サコさん: 人間は知り尽くされていないし、知ろうとする問いが意味をもつ。人間って何、というのを大学で勉強する意味があるの、と問われることがあるが、私たちは「ある」と答え、精華大でも「人文学」をやめずに続けるつもり。

内田さん: 何年か前に京大で講演したとき、経済学部だかの人に「大学に文学部なんかある必要があるのか」と問われた。経済学は実学というが、資本とか貨幣とか市場とか欲望とか、経済学のベーシックな概念はみな幻想ではないか。僕らはそれらが幻想だとわかってやっているから、君たち(経済学者)よりはだいぶ正気だよ、と応じた。彼らの研究は非常にローカルな条件設定のなかだけで成立するものを扱っている。人文学はそれに対して、美とか、善悪とか、人類のあらゆる時代・空間に通じることを扱うという意味がある。(チャイム♫♪)お時間となりました。(拍手)

2015年1月21日

【Nuke】健康対策パブコメ

環境省へのパブコメ出しました。

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案件番号: 195140066
案件名:「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議の中間取りまとめを踏まえた環境省における当面の施策の方向性(案)」に関する意見募集について

所管府省・部局名等: 環境省 総合環境政策局 環境保健部 放射線健康管理担当参事官室

意見・情報受付開始日: 2014年12月22日
意見・情報受付締切日: 2015年01月21日


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【意見その1】
受付番号 201501210000329056

(2)福島県及び福島近隣県における疾病罹患動向の把握
について、「がん以外の疾患」については「既存のデータベースを活用する」との方向性が示されているが、これでは不十分・不明確である。

 チェルノブイリ原発事故以降、放射能汚染区域においては、甲状腺がん以外にも、甲状腺機能低下、白内障、心臓疾患、免疫不全、白血病、糖尿病をふくむ多種多様な内分泌系疾患などの増加が確認されており、とりわけ子どもにおける疾患の増加が見られる。

 ウクライナ・ベラルーシ・ロシアにおいては、福島県中通り地方よりも汚染度の低い地域でもこれら疾患の増加が現実におきていることから、福島原発事故による広範な汚染区域においても、予防原則にたって、多種多様な疾患や症状の増加に備えた健康管理・支援体制を早急に整える必要がある。

 これまでの福島県健康調査においては、甲状腺がんや「心の健康」など狭く限定された疾病のみを想定した調査がなされてきたが、今後はこれらに加えて、甲状腺炎、甲状腺機能低下、白血病、骨髄異形成症候群(MDS)、貧血、白内障、循環器系疾患、肝機能低下、免疫・内分泌系障害、乳がん、糖尿病など、幅広い疾患を想定した検診項目を立て、血液像の詳細な検査、心電図検査、尿検査も含めて長期間実施する体制を整えるべきである。放射能汚染は県境を越えて大きく拡がっており、健康調査と医療費減免を含む医療保健支援は福島県外でも実施していかなくてはならない。現在かならずしも顕著な汚染が残留していなくとも事故直後に放射能雲が通過した地域も対象に含める必要がある。

 福島原発事故による県外避難者は、46都道府県860市町村に離散しており、10年後、20年後には、福島原発事故で被ばくした人々が全国のあらゆる市町村で暮らしている状況を想定して、医療支援の態勢を準備することが求められる。したがって、国が責任をもって健康管理体制を構築するとともに、都道府県の保健行政、基礎自治体である市町村の臨床現場との連係を重視して対処すべきである。臨床的な早期把握と必要な医療保健支援とをうまく繋げるためには、一方では多様な領域の専門医との円滑な連絡が不可欠であり、他方では地元の開業医や保健師をふくむ総合医療・保健関係者との連携が、ともに重要である。そのためには、環境省・厚生労働省・文部科学省が省益や権限にこだわらず協力しあうことが必須である。

 環境省においては、「子どもの健康と環境に関する全国調査」(エコチル調査)など既存の調査プロジェクトの枠組みや経験を活かすことも重要である。健康管理支援体制の設計・運用・評価、および健康データの一元化と利用については、倫理的な側面もふくめ、透明性・独立性・公正性(とくにメンバー構成における公正さ)を備えた検討委員会による監査が求められる。

 現行の医師法においてはカルテ保存期間が5年とされているが、労働安全衛生法による事業主健診では(想定される有害物質の種類に応じて)30年ないし40年の保存が定められている。原発事故災害も長期の健康影響が懸念される「公害」であるとの観点から40年ないしそれ以上のデータの保全が重要であり、この点を法令化すべきである。

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【意見その2】
受付番号 201501210000329089

 100mSv以下の放射線被曝(いわゆる低線量被曝)の危険性について、中間とりまとめではあたかもリスクが証明されていないかのように記載されているが、最新の科学的知見に照らせば明白なエビデンスが続々と提出されており、そのことについては専門家会議に招聘された複数の外部専門家から会議の席上、具体的に指摘があった筈である。中間とりまとめがこれらを無視しているのは重大な瑕疵である。

 低線量被曝による健康影響を示す疫学的調査データは少なからず存在する。代表的なものとして、

・広島・長崎原爆被爆者寿命調査(LSS)第14報(Ozasa K et al, 2012, Studies of the mortality of atomic bomb survivors, Report 14, 1950-2003: an overview of cancer and noncancer diseases. Radiation Research 177:229-243)

・テチャ川流域(マヤーク再処理工場爆発事故の影響地域)住民の疫学調査(Krestinina LY et al, 2007, Solid cancer incidence and low-dose-rate radiation exposures in the Techa river cohort: 1956-2002. International Journal Epidemiology 36:1038-1046)

・15か国核施設労働者におけるがんリスク(Cardis E et al, 2007, The 15-country collaborative study of cancer risk among radiation workers in the nuclear industry: estimates of radiation-related cancer risks. Radiation Research 167:396-416)

・原発周辺で小児白血病に有意な増加がみられるとしたドイツの調査(Koerblein A, 2012, CANUPIS study strengthens evidence of increased leukemia rates near nuclear power plants.  International Journal of Epidemiology 41:318-319; Schmitz-Feuerhake I et al., 1997, Leukemia in the proximity of a German boiling-water nuclear reactor: evidence of population exposure by chromosome studies and environmental radioactivity, Environmental Health Perspectives 105, Supplement 6:1499-1504)

・子どものCTスキャンと白血病・脳腫瘍の発症の相関についての英国の調査(Pearce MS et al, 2012, Radiation exposure from CT scans in childhood and subsequent risk of leukemia and brain tumors: a retrospective cohort study. Lancet 380:499-505)

・CTスキャンによる医療被ばく(5ミリシーベルト前後)で子どものがん増加が確認されたオーストラリアでの大規模疫学調査(Mathews JD et al, 2013, Cancer risk in 680 000 people exposed to computed tomography scans in childhood or adolescence: data linkage study of 11 million Australians. British Medical Journal 346:f2360)

などがある。

 これらの知見に照らせば、福島原発事故の影響地域(福島県内に限らない)においても予防原則に立った対処をとるべきことは明らかであり、国際的な標準でもあるLNTモデルに基づく考え方を遵守した施策をとっていくことが求められる。ICRPの2007年報告においても、LNTモデルが予防原則にふさわしいアプローチであることが明記されている。

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提出した意見は、以上2本。

「原発事故子ども・被災者生活支援法」との関係について、支援法の理念に即した施策を具体化せよ、などなど言いたいことは他にも色々あったのだが、時間切れ(・_・、)


● 専門家会議(いわゆる「長瀧会議」)の「中間とりまとめ」のあまりのひどさについては、「放射線被ばくと健康管理のあり方に関する市民・専門家委員会」によるカウンターレポートで厳しい批判がなされている。 → 経緯こちら レポート本体(PDF)こちら 

● 専門家会議の委員である春日文子さん(日本学術会議・前副会長)は、環境省の施策案の不十分さについて、また専門家会議の「中間とりまとめ」それ自体の不十分さについて、雑誌『科学』2015年2月号に寄せた文章「環境省専門家会議中間取りまとめを踏まえた新たな施策の要望」において切々と述べておられる。


● ツイッターでおなじみ、study2007さんのパブコメは → こちら

● 国際環境NGO「FoEジャパン」が出したパブコメ → こちら

● 原子力市民委員会の報告書『原発ゼロ社会への道 ── 市民がつくる脱原子力政策大綱』の第1章第4節「健康の権利」もぜひ御覧あれ。 → こちら



2015年1月16日

【Nuke】高浜原発パブコメ


パブリックコメント(パブコメ)として提出した意見を公開します。

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http://www.nsr.go.jp/public_comment/bosyu141218_01.html

案件番号: 198252317

案件名: 関西電力株式会社高浜発電所3号炉及び4号炉の発電用原子炉設置変更許可申請書に関する審査書案に対する科学的・技術的意見の募集について

所管府省・部局名等: 原子力規制委員会 原子力規制庁 原子力規制部 安全規制管理官(PWR担当) 

意見・情報受付開始日: 2014年12月17日
意見・情報受付締切日: 2015年01月16日

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受付番号 201501160000327477

(1)原子炉施設の安全規制において、住民避難をふくむ防災対策の実効性を確立することが極めて重要であるにもかかわらず、そのことが真摯に検討されていない。東電福島事故の教訓を踏まえて、広域のモニタリング体制、複合災害における避難交通路の脆弱性、ベント実施と住民避難指示の連係など、具体的かつ詳細に検討すべきである。高浜原発については、とりわけ直近住民の避難経路の極度の脆弱性と琵琶湖に汚染が及んだ場合の対処と責任について、徹底的に審査すべきである。

(2)過酷事故発生時に、汚染水漏洩を確実に阻止する手立てがとられていない。高浜原発の場合とりわけ敷地面積・地形の制約から、福島事故におけるようなタンク敷設が困難であり、深刻な海洋汚染をひきおこす(それは同時に重大な国際問題をひきおこす)ことが危惧される。

(3)福島原発事故においてもヒートシンクの健全性をめぐる問題が指摘されたが、高浜原発においては特に、冷却用の海水取水口から原子炉建屋にいたる水路の物理的脆弱性がおおいに懸念される。地震動により水路を構成するU字管の継ぎ目がずれて、必要とする冷却水の流量を確保できず、炉心冷却が途絶える事態が十分起こりうる。この点の評価と抜本的対策をとるべきである。

(4)東電福島事故においては、炉心損傷を防止しえず、格納容器ごとの冷却というきわどい対応を迫られた。高浜原発においても同様の事態が起こりうることは審査書も想定しているようだが、そもそもそのような想定は、新規制基準(規則の解釈第37条)にいう「「炉心の著しい損傷を防止するための十分な対策が計画されており、かつ、その対策が想定する範囲内で有効であること」という要求を満たし得ないものではないか。審査書においては、規制基準にいう「格納容器の機能に期待できる」とする事故想定の範囲が明らかにされていない。

(5)高浜原発の今回の審査対象の炉においてはMOX燃料の使用が計画されているが、審査書においては、「減速材温度係数とドップラ特性にはMOX燃料の特性を考慮する」とされているのみで、重大事故においてMOX炉心におこりうる事態を十分解析・評価する姿勢に欠けている。また、照射済みMOX燃料が使用済み燃料プールに置かれているときに重大事故が発生した場合、福島原発事故において発生した以上の危機が懸念される。この点についての考慮も欠けている。

 この他にも、新規制基準それ自体に含まれる欠陥、圧力水型軽水炉の構造に由来する問題、また高浜原発の立地条件等に由来する固有の問題、いずれの次元においても、審査書では十分に評価されていない多くの問題があり、今回の意見募集において寄せられるであろう数多くの具体的指摘をふまえ、審査をやりなおすべきであり、そうしなければ高浜原発の運転にあたっての安全性が確保できるとは到底言えない。

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以上、細川が提出した意見でした。

原子力市民委員会では、高浜原発パブコメの文例集を公開していますので、ぜひ御覧ください。

2014年8月15日

【Nuke】川内原発パブコメ

 パブリックコメント(パブコメ)として提出した意見を公開します。


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www.nsr.go.jp/public_comment/bosyu140716.html 

案件番号 198252311

案件名: 九州電力株式会社川内原子力発電所1号炉及び2号炉の発電用原子炉設置変更許可申請書に関する審査書案に対する科学的・技術的意見の募集について

所管府省・部局名等: 原子力規制委員会 原子力規制庁 原子力規制部 安全規制管理官(PWR担当)付
電話: 03-5114-2113(直通)

意見・情報受付開始日: 2014年07月17日
意見・情報受付締切日: 2014年08月15日

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以下、細川が提出した意見(5通)


パブコメ(その1)
受付番号 201408150000286322
提出日時 2014年08月15日15時34分


 第180国会における「原子力規制委員会設置法」の参議院環境委員会での可決時(2012年6月20日)の付帯決議の第16項に、原子力規制委員会の任務として、「過去の地震・津波等の検証を含めた常に最新の知見を集約できるようその運用体制を構築し、その結果を安全規制に反映すること」とある。この委員会決議に対し、当時の細野環境大臣は、決議の趣旨を十分に尊重し努力する旨、約束した。

 この観点から、福島第一原発事故の検証およびそこで得られた知見を原子炉の規制基準に反映させ、その厳格な適用を担保することが、原発再稼働の審査にあたって、最大かつ不可欠の要件と言うべきである。

 しかし、福島第一原発事故炉の現場においては、いまだ検証のための現場確認すら不充分にしかできていない状況にあり、複数の事故調査委員会による事故原因および進行プロセスについての見解も重要な点での不一致が目立つ。東京電力による事故解析においても、事故後3年以上を経てなお不確定要素が多く残り、メルトダウンの様態(冷却喪失の機序、炉心溶融の時間、溶融量、当時とられた対応策の効果の有無または度合い)が明らかになっていない。したがって、新規制基準において、メルトダウンをどの程度ふせぐことができるのか、あるいは、メルトダウンが発生した際にとられる対応策がはたして効果を有するのかどうか、確実に判断することはできないと考えられる。

 したがって、原子力規制委員会としては、福島第一原発事故の検証を徹底的におこなうことが第一であり、それによって明確な知見がえられ、あるいは、複数の異なる見解についての比較検討を充分におこなった後に、再度、規制基準を改定すべきである。この作業をぬきに原子炉再稼働の審査をおこなうことは技術的科学的に不可能である。

 上記の付帯決議の第17項には「過去の原子力行政において事故やトラブルが隠蔽されてきたことへの反省に立ち、全ての情報を速やかに公開することを旨とすること」とあり、また、第18項には「原子力発電所の再起動については、「事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならない」との目的に照らし、万が一の重大事故発生時への対応策も含め<中略>原子力規制委員会において充分に検証した上で、その手続きを進めること」とされている。福島第一原発事故の徹底検証を放置して原発再稼働の審査手続きを進めることは許されない。

(1015字)

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パブコメ(その2)
受付番号 201408150000286489
提出日時 2014年08月15日16時10分


 第180国会における「原子力規制委員会設置法」の参議院環境委員会での可決時(2012年6月20日)の付帯決議の第19項に、原子力発電所の事故を想定した防災対策について「実施機関及び支援機関の役割、責任について、法令、防災基本計画、地域防災計画、各種マニュアル等において明確にするとともに、これに必要な人員を充分確保すること。また、これらについて、その妥当性、実行可能性を確認する仕組みを検討すること」とある。福島第一原発事故においては、事故炉の圧力容器の破壊を回避する手段としてベントが実施され、大量の放射性物質を含む炉内ガスが放出されたが、この措置が住民の避難状況を確認しないままおこなわれたため、多数の住民がベントに由来する放射性物質の降下により被曝する結果となった。

 川内原発の再起動にむけた基準適合審査は、あくまで住民の安全確保を最大の目的としておこなわれるものである以上、過酷事故時の技術的対応策と住民避難をふくむ防災計画の実行可能性との整合性・連係性を充分に練り上げたものでなくてはならない。

 上記決議の第19項には、「地域防災計画策定において安定ヨウ素剤の配布等を含めた住民等のニーズに対応した仕組みを検討すること」との要求事項もあるが、計画そのものを策定するのは地方自治体の責任であるとしても、その妥当性・実行可能性の確認、各種マニュアルの精査は原子力規制委員会において責任をもっておこなうべきである。

 上記「住民等のニーズ」において特段の配慮を要するのは病院、養護施設、介護施設など、いわゆる避難弱者の安全がどのように確保されるかである。福島第一原発事故においては、事故炉の状況がまったく住民に知らされず避難計画も実効性・実行可能性を欠いたものであったため、とりわけ避難弱者において多数の犠牲をもたらしたことを厳しく肝に銘じなくてはならない。注水所要時間、ベント所要時間などの想定を避難計画と無関係に計算して備えていても、福島の悲劇の再来を防ぐことはできない。

 原子力発電技術は、その過酷事故がもたらす広範で深刻な影響に鑑み、防災計画との実行可能な連係までもがその「技術」に求められる要件であり、計画の整備と実行可能性の明確な検証がなされるまで原子炉の起動は許可されるべきでない。

(959字)

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パブコメ(その3)
受付番号 201408150000286926
提出日時 2014年08月15日17時43分


 本件の審査は、2013年6月に策定された「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」(以下、新規制基準と略記)への適合の可否についておこなわれるものである。原子力規制委員会の田中委員長は、あくまで新規制基準への適合性を問う審査であって、適合したことが安全の保証とはならない旨、たびたび言明しておられるが、そもそも新規制基準が策定されたのは福島第一原発事故によって破綻をきたした従前の規制基準(以下、旧基準という)の再整備であったことを踏まえれば、今回の適合審査の合否は、新規制基準に適合していれば福島第一原発事故のような事態は繰り返されないということが保証できるかどうかにかかっている。

(福島第一原発事故をはるかに上回る事態 ── 今やそれも想定外とはしえない ── に対してはどうか、という点も当然問題になるが、いまここではその点はしばし置く。この点は別意見として、別途提出したい。)

 福島第一原発事故の事故プロセスの解析を続けている東京電力は、本年8月8日の記者会見において、事故炉のメルトダウンの進行について従来とは大きく異なる解析結果を発表した。そこでは、新規制基準では前提とされていない新たな重要な知見も少なからず含まれており、川内原発の再稼働の可否をめぐっても考慮すべき点が多いと考えるべきである。

 たとえば、福島第一2号炉について、事故時の注水によって却って水素ガスの発生量が増え、それによる炉内圧力上昇で注水の継続が困難になったとの解析が示された。だとすれば、電源の確保、消防車の確保、給水系の確保だけでは事態をコントロールできない恐れがある。旧基準では、各種の非常給水系は炉心がメルトダウンしないことを前提とした温度条件等にもとづき設計施工されていた。福島第一でメルトダウンが実際におきた状況下での給水の実効性について、配管損傷の実態確認も含め、根本的に検証し、評価しなおすことが必須である。その結果次第では、原子炉および関連設備の設計自体を変更する必要もあるだろう。

 こうした検証や評価がなんらなされないまま、新規制基準では「メルトダウンがおこる」ことを前提としつつ、メルトダウンがおきないことを前提に設計された構造のまま、原発再稼働の可否を「審査」しようとしている。技術的・科学的にみて深刻な問題を孕んでいる言わざるをえない。

 なお、過酷事故時における格納容器内の水素密度に関して、日本原子力学会での最近の報告で、ジルコニウム・水反応による水素ガス発生に加え、鉄と水の反応による水素発生の可能性が論じられている(倉田ほか 2013「軽水炉過酷事故時の破損燃料に与える海水影響の熱力学的評価」日本原子力学会論文誌12(4):286-294)、との指摘が原子力市民委員会の井野博満委員(東京大学名誉教授)によってなされている。このような重要な知見が新規制基準において考慮されていないことも憂慮すべき瑕疵である。

 上に挙げたのはほんの一例であり、福島第一原発の事故解析が未了の段階にあっては、事故再発防止のための充分な知見が得られておらず、拙速に策定された新規制基準によって福島第一原発事故の再発を防止することは技術的に担保されていないと判断される。

 なお、新規制基準に見られるその他のさまざまな瑕疵については、原子力市民委員会の2013年6月の緊急提言において列挙されているので、あらためて検討されるよう要望する
( http://www.ccnejapan.com/?page_id=2063 )。

(1492字)

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パブコメ(その4)
受付番号 201408150000287207
提出日時 2014年08月15日19時01分


 さきに提出した意見(受付番号286322および286926)においては、新規制基準それ自体に問題があり、それによって原発の再稼働の可否を審査しても、福島第一原発事故のような事態(さらにはそれを上回るような災害)を防止しえないことを述べた。

 以下、本意見においては、川内原発九州電力の申請が新規制基準にも適合していないことを指摘する。

 新規制基準は「発電用原子炉施設は、重大事故に至るおそれがある事故が発生した場合において、炉心の著しい損傷を防止するために必要な措置を講じたものでなければならない」と定めている(第37条第1項)。しかし、九州電力の申請書で検討されている複数の事故シーケンスにおいて、「炉心損傷防止対策」をとる場合ととらない場合とがある(審査書案 p.126の表IV-1「申請者の重要事故シーケンス等の選定について」を参照)。後者の場合、「格納容器破損防止対策」しかとられていないということが、炉心損傷を防止しえないという以前に、防止するための措置を最初から断念しているということであるならば、明らかに第37条に不適合である。

 これに対して、審査書案は、「これらの事故シーケンスを炉心損傷防止対策における事故シーケンスグループに含めず、格納容器破損防止対策において考慮するとしたことは、設置許可基準規則解釈に則った考え方であることから、妥当であると判断した」(p.122)としているが意味不明である。メルトダウンが進行するような状況においては、設計で想定されていない温度条件や機器の破損が生じ、格納容器破損防止対策が十全に機能しうる条件が満たされない場合があるのではないか。

 また、新規制基準では、格納容器の破損に至った場合において「工場等外への放射性物質の拡散を抑制するために必要な設備を設けなければならない」(第55条)とされる。この拡散の「抑制」については、第37条第2項に定められているように「異常な水準の放出を防止するために必要な措置を講じ」ることが求められる。この「異常な水準の放出」がどのようにおこるか、福島第一原発事故の経験に照らせば、気体による放出のほか、液体による流出がきわめて深刻であり、大量かつ長期的な放射性物質の放出につながることを銘記すべきである。しかるに、九州電力の申請書では、格納容器下部の破損、あるいは原子炉建屋とタービン建屋をつなぐ大小の配管の損傷によって起こりうる放射能汚染水の漏洩・流出という事態が検討されておらず、明らかに上記条項に違反している。

 福島第一原発においては、建屋の地下構造(壁面ないし配管あるいは両者)の地震による損傷により地下水が建屋地下に流入し、汚染水の量を倍加させた。そのことが、事故対応上きわめて困難な事態を招き現在に至っていることは、福島第一原発事故の厳しい経験のなかでも最重要の部類に属することである。川内原発の敷地においても福島第一原発敷地なみの流入地下水の存在が確認されているにも関わらず、申請者がそれに対する対策をとっていないことは、規制基準に対する著しい不適合である。

(1291字)

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パブコメ(その5)
受付番号 201408150000287317
提出日時 2014年08月15日19時41分


 発電用原子炉の起動にあたって原子力規制委員会による許可をえるためには、原子炉等規制法の定めにより、設置変更許可、工事計画許可、保安規定認可がそれぞれ基準に適合し、かつ相互に整合し一貫していることが確認されなければならない。家を建てるときに、設計図と施工方針を見ただけでは、実際の家屋構造の安全性や必要な性能を保証できないように、実際の工事計画の詳細と施工の状況を確認しなければならない。
(もちろん、設計図と施工方針を見ただけで「これではまともな家が建てられない」と判定することができる場合はある。)

 今回公表された審査書案は、設置変更許可に属する事項をもっぱら扱っており、どのような工事でどのような要求事項が達成されるかの方針を確認するにとどまっている。この審査書案をもって、工事計画と保安規定がそれぞれ必要な基準を満たしていることを確認するものとみなすことは到底できない。それでは、申請者が示した方針が具体的な施設・設備・対策等の実体をあらわす数値等の判断材料にしかるべく反映されていることが確認できないからである。そもそも、申請者からは工事計画の実質的内容にかかわる補正が提出される予定とされているが、現時点で未提出である。

 とりわけ、耐震基準が見直されたことに伴う耐震バックチェックは、今回の審査書案では実質的に全く扱われておらず、工事計画認可の申請書において詳細に検討されるところであるが、見直し後の基準地震動に即した詳細解析や補強工事計画の提示がまだなされていない。

 したがって、工事計画と保安規定については、今後別途、原子力規制委員会において具体的かつ詳細に検討する公開の審議を重ね、それをさらにパブリック・コメントにかけたうえで、判断すべきものである。そのような審査を経ずして、当該原発施設の起動の是非に関する科学的技術的に妥当な判断は不可能である。

(789字)

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こちら ↓ も是非ごらんください。
 「川内原発審査書案に対する総合的意見」
www.ccnejapan.com/20140804_CCNE_01.pdf


 「川内原発設置変更許可申請書に対する審査案についてのパブリック・コメント文例」
www.ccnejapan.com/20140811_CCNE_01.pdf


原子力市民委員会 2014年7月9日 見解
「川内原発再稼働を無期凍結すべきである」



『原発ゼロ社会への道
  ── 市民がつくる脱原子力政策大綱』(第2版)
www.ccnejapan.com/?p=3000