2017年1月1日

頌春  pH 72 

 Naarli mabu wangngaradyiya miliyagun marul!
 Musuq wataqa tukuy qankunapaq allillantaq kachunpuni, ari.
 新年快乐!! 新年快樂!!
 Ngā mihi o te tau hou.
 행복한 2017 년이 되길!
 ¡Qué sea un año lleno de alegría para todo el mundo!
 Wish you folks all a green and peaceful Year of the Rooster!





2016年12月29日

【Nuke】映画『太陽の蓋』特別上映&座談会



映画『太陽の蓋』特別上映会&座談会
http://www.kyoto-seika.ac.jp/info/event/event/2017/02/04/41038/ 



  日時:  2017年2月4日(土) 14:00 〜 17:30
               (開場 13:30)
  会場: 京都精華大学 明窓館 M-201(大教室)☞ アクセス

              ※開場時間および終了時間にあわせて、
地下鉄「国際会館」駅往復のスクールバス
(シャトルバス)を約5分ごとに運行します。

入場無料、予約不要  ── どうぞお誘い合わせのうえ、お越しください。


主催: 『太陽の蓋』自主上映実行委員会
共催: 京都精華大学 人文学部


映画『太陽の蓋』(佐藤 太 監督、2016年公開)上映時間 130分
        脚本:長谷川 隆
        製作:橘 民義
        音楽:ミッキー吉野
        出演:北村有起哉、三田村邦彦、袴田吉彦、中村ゆり、
           郭 智博、青山草太、大西信満、神尾 佑、菅原大吉 ほか

映画公式サイト   予告篇(動画2分地震の場面があります。御注意ください。


★座談会(16:20〜17:30)登壇者
   菅 直人(元内閣総理大臣)
   橘 民義(『太陽の蓋』制作プロデューサー)
   細川 弘明(京都精華大学 人文学部 教員)
   西田 彩(京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 教員)/司会

★映画に実名で登場する福山哲郎さん(震災当時の内閣官房副長官)にも挨拶いただく予定です。


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【スピンオフ作品】
   「報道の行方」(動画12分

   「僕たちがいた町」(動画14分

   「最悪のシナリオ」(動画12分


【橘 民義(制作プロデューサー)インタビュー

【映画評】


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映画の台詞より:

●「地震の対応だけじゃ済まなくなったということだよ。」


●「これからベントする。お前ら若いのは中に入れない。今は俺らオッサンに任せて、お前らはそのまま待機。いいな?」


●「ミリシーベルトって何だ、マイクロじゃないのか?」
「単位がひとつ上がってるんです!」
「政府はそれ、発表するのか?」


●(官房長官)「情報、遅れてたのは官邸だけか?」
(補佐官)「会見、遅らせますか?」
(官房長官)「あの映像、日本中が見たんだぞ。会見は、やるしかない!」


●「分かりませんとは、どういうことだぁ!原子力安全保安院の院長に原発のことを訊いているんだ。」


●「これまでのデータではどうなんです?」
 ── 「ベントなんて、世界でもやったこと無いんですよ!」


●(非番の若い東電社員)「何が起きてるかは大体想像つくべ」「知らんふりしようと思ってたけど、そうもいかねな」「行くベ」


●「無事帰って来れる保証なんて無いんだぞ」
 ── 「止められませんよ、総理は」


●(ライバル新聞社の記者)「お前んとこは憶測で記事書くのか?」
 ── 「お前は政府の発表、待ってるだけか?」


●「もう線量いっぱいじゃないんすか。これで終わりじゃ、無いですよね。俺らたしかに若いですけど、もうそんなこと言ってる場合じゃないですよね、俺らの番ですよね。」
 ── 「それはもう無いんだ。」


●「何の情報もないまま、ただ目の前で起こったことに対処するしかなかったんです。」
 ── 「待ってくださいよ。情報があれば、あのとき本当に何かできたんですか?」 


●「あれは、入る筈のない水が、たまたま入って救われただけだ。」
「たまたまで救われたんですか、この国は?」
いや、まだ救われちゃいない。」 


●「訓練はずっとしてたのに、事故おきちゃったら何もできないって、そんなのおかしいじゃないですか。」


●「お前だって喜んだべ、息子がイチエフに就職決まったとき。」


●「死ぬかもしれないから逃げようって言ってるわけですよね、それに向かって政府が逃げるなって言えますか。そんな権力が政府にありますか。法的に正しいってことをどうやって説明すればいいんですか?」
「そんなこと言ってる場合じゃないんじゃぁ!」


●「いつ吹き飛ぶかわからない原発に命をかけろと言ったんだ。それがどういうことか分かるか?」


●「西へ行けばいいって思ってた。でも日本中が揺れてる。原発って日本中にあるんでしょ。どこに行けば普通に暮らせるの?」


●「聞きたいことしか聞こうとしないですからねぇ日本人は。」
「書きたいことしか書かないくせにぃ。ま、お前達の仕事はこれからだ。せいぜい調べてくれよ。」


●(若い東電社員)「収束宣言だしたよね、もう前の政府だけど。あれ聞いて、上司がひとり辞めました。こんなんで収束って言うんだったら、もう勝手にしろ!って。付き合ってらんない、って。」
(記者)「それでもまだあそこで働く?」
「う〜ん、まだって言うか。。。ずっと遠くの村で牛飼って暮らしてた人が、あれさえなければって命すてたじゃないですか。自分らもそれに責任あると思うんですよ。まだ何にも終わってないんすよ、まだ何にも。あのとき日本中でテレビ見てた人たち、今どう思ってんですかね。


2016年1月1日

頌春  pH 71 

 Musuq wataqa qankunapaq allinllataq kachun, ari.
 新年快乐!! 新年快樂!!
 Naarli mabu wangngaradyiya miliyagun marul!
 행복한 2016 년이 되길!
 ¡Qué sea feliz y magnífico año 2016 para todos!
 Wish you folks all a happy, green and peaceful Year of Monkey!




2015年7月20日

内田樹の「人文学概論」
        @京都精華大学 2015年7月20日 


 京都精華大学人文学部の客員教授でもある内田樹さん(思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授)の講義をノートテイクしました。


 当日、会場からのツイート連投をすでに公開していますが、その後、内田先生に何ヶ所か言葉を補っていただきました。また、段落の区切りを整えなおし、数カ所、細川の誤記を訂正しましたので、以下、あらためて掲載します。人文学の思索と身体性について、深い示唆を与えてくれるお話でした。

 あくまで細川のアンテナを通して整理したメモです。いくつか大事なところが漏れ落ちてしまっているかもしれませんが、お赦しください。(文責:細川弘明

 ※7月20日(月曜祝日、全学キャンパスの授業公開日)、人文学部1年生むけ必修科目「人文学概論」を公開するということで、見学者も60人くらい、階段教室の後方に来ておられます。卒業生の姿もちらほら見かけます。
 4時間目(14:40-16:10)京都精華大学・明窓館201番教室にて

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 内田さん登壇。4月から客員教授で、お給料ふりこんでいただいてますが、今日が初仕事です(笑)。白井聡さんを採用するなど、この大学の人文学部は「攻めの人事」をしてるなぁと思います。1年生には「攻め」ったって何のことか分からないかもしれませんが。

 人文学部は定員割れなど、苦労されてる。この大学だけじゃなくて、日本中そうだし、世界的傾向でもある。韓国の大学を毎年訪問してるが、そこでも韓国の歴史・文学について学ぶ学部の人気が急に落ちている、若者が「実学」(ITとか)に殺到している、という話をきく。

 韓国の先生たちが心配しているのは、韓国の歴史も文化も言葉も知らず、関心も敬意ももたない人がビジネスをやって、社会や共同体をつくっていけるのか、彼らに国の支配をまかせてよいのか、ということ。同胞を助ける、助け合うという価値観を支配者がもたないような国になってしまうのではないか、と。

 今の話はおととし行ったときに聞いた話。去年行って講演したときは、セウォル号沈没事故のことについて聴衆(教員)から意見表明があった。韓国では目上の言うことをきく、上位者の命令をきく、という教育訓練ばかりしてきて、状況を自分で判断して対応するという教育がまったく欠けてた、と。「上位者の指示について『これはおかしい』と疑う能力を学校教育が壊して来たのではないか」と悔いておられました。

 セウォル号の高校生たちは「大丈夫だから待て」というアナウンスに従って大勢死んでしまった。しかし、僕が思うに、「おかしいんじゃないか」と思った高校生も実はいた筈ではないか。船かたむいてるし、水はいってきてるし、船員にげてるみたいだし。

 危機的状況で、自分の判断で「上位者からの指令」をキャンセルする能力を学校で育ててこなかった。さきほどの韓国の先生は、そういう話を涙ながらにされまして、そのお気持ちは僕もよくわかる。

 お金を儲けるとか、そういうことより、生きのびるということが、もっと大切。そのために一番必要な能力は「ウソを見抜くこと」。この能力は女の子のほうがすぐれている。

 私の友人の高橋源一郎さんが、ひとがウソをついているかどうか見抜けると言ってた。右斜め上を見るか、左斜め上を見るか、目のやり場でわかるんだそうです。右か左かは、ひとによって違う。

 僕は考えながら話すので、目が上にむくことが多い。武道家の甲野善紀先生は、下をむいて、腹に照らして、具合がよいかどうかを判断してから答える方でして、言葉がでるまで時間がかかるが、そうやって言うことを吟味していた。

 世の中ウソ言う人ばかり。「こうしなさい」「これが正しい」「これが決まりだ」云々。人文学とはウソを見抜くことに尽きる。身体はウソを言わない。自分の言葉に体が同意しないとき、声がうわずったり、目が動いたり、微細なことだけど体がついていかない。

 体がのっている言葉とそうでない言葉がある。学生のあいだは人の話を聞く立場であることが多いが、真偽を判定する知的能力が無いうちに、真偽を判定しないといけないので、かなり危険。自分が知らないことについて真偽を判定するのが、たとえばメディアリテラシー。

 知らないことについて判定するということが出来ないと、学びの場に立てない。一番大事なことは、そこなんですよ。知識がないにも関わらず、学部を選んだりテーマを選んだりしている。なんらかの判断をしている筈。生物的直感をとぎすますことが一番大事。

 ゼミを選ぶ学生の面接を長年してきた。その経験でよくわかるのは、「これこれを学びたい、これこれをテーマにしたい」と理路整然と話す人はだいたいダメ。特に興味はないんだけど、友達にさそわれて一緒に来たりする子が、かえってゼミでよく勉強したりする。何でそうなるか。

 なに勉強したい、と聞いても、わかりません、あるいは漠然と「中国近代史」とかいうことしか言えない。こういう子は、自分がなんでそれに興味があるのか分からない。こういう子はよく勉強する。勉強しないと分からないことだから。

 タレントのオーディションなんかであるじゃないですか。友達が勝手に応募写真送っちゃった、その友達は落ちたけど自分は通った。あれ、どうも作り話ではなくて、そういうことが実際にある。何で自分はここにいるんだろう、ということが分からず、まわりの人に聞いたり。

 何で自分が採用されたのか分からないと、不安でいろいろ周りに聞いたりする。「なぜ私はここにいるのか」という問いがすごく大事。そういう問いを発しない人は騙されやすい。たえずセンサーを働かせて答えを求めないといけない。少しずつ答えを探す、その感覚が大事なんです。

 人文科学の人気が無いのは、何やってるか分かんないから。何の役に立つのか、年収どんくらいになるか、全然分からない。ぼくはフランス哲学のレヴィナスの研究をずっとやってきて、論文書いたり、本出したりしたけど、いまだになぜレヴィナスをやってるのかと問われると、今でも絶句する。指導教官は、レヴィナスをやりたいと言うと「やめときなさい」「誰も知らない人の研究をしても評価されないよ」と仰った。たしかに当時、誰もレヴィナスの研究なんかしてなかった。

 しかし、レヴィナスの勉強をしていると理由はわからないが、とても幸せ。評価されるためにテーマを選ぶのではなく、それをやりたくて仕方ないから。20代からずっとレヴィナス読んでると、もう体も価値観もそうなってる。もうひとり、20代からずっと影響うけてきたのは大瀧詠一さん。ラジオで聞いてから、あ、これはすごい、この人についていきたい、と思ってずっと聞いてる。

 同じものを徹底的に知るには、自分の能力を最大限に発揮し、さらに自分を変えていかないとならない。「わかった」というのはだめ。人に対して「もう分かった」というのは極めて攻撃的なメッセージ。男女関係でもそうですよね。「君のことはもう分かった」なんて言ったら、もうおしまいでしょ。

 でも「もっと分かりたい」というのはあるし、愛の基本。「わからない」「わかりたい」という中間状態をずっと維持することが難しいけれど大事なんです。

 「問題」というのは時間をかければ解答に出会えそうなものだけ。簡単にわかるものは「問題」じゃないし、まったく答えのないのも「問題」として成り立たない。「わかる」と「わからない」の中間にこそ、答えを求める営みがある。人文学は、かなり行動的で、パフォーマティブなもの。知性が活動しないといけない。哲学って、一言でいうと「知性をいかに起動するか」。「答えがみつかりそうな気がする」という直感が大切なんです。

 知性をはたらかせるとき人間はよろこびを覚える。根源的に思考する。思考する自分そのものを再帰的に思考する。何で自分はこれに興味を持つのか、どう捉えようとしているのか。自分の思考回路そのものを主題化するわけだから、わかりにくい。でも、これが知性の根源。

 知性が起動する仕組みがわかっていないと、知識を使って何かをすることなんてできない。情報が伝わってきたとき、自分が知らないことだと、それが本当なのかどうか判定するのは難しいけれど、判定しないといけない。大学は情報を身につけるところではなく、知性の働かせ方を学ぶところ。

 食べるものや好みが違うように、人によって取り込むもの、それで成長していけるものは違う。となりの人のとは違う。真似していいのは18歳くらいまで。自分が本当に食べたいものを見つける、あふれる情報のなかから選択する。難しいですよね。消化できないものを食べておなかこわしたり、顎こわしたりもしますからね。誰も食べていないものを「これは食えるぞ」と発見するのが大学での知性。

 食文化には2つある。基本は「飢えない」こと。食べられるように加工したり、みんなが食えないと思っているのを食べられるということを発見する。そういう人が生き延びる。みんなと同じものしか食べられない人は滅びるリスクが高い。

 調味料って、世界の食文化を見ると発酵したものが多い。知らない人には腐っているように思えるものでも、ちゃんと食べられるというのが食文化。知性も食文化と同じ。食べられないと思ったものを、調理や加工や調味で食べられるようにする。誰も食べられないと思っていたものを実は食べられると発見するのは人類への貢献。人文学はそういうもの。

 先人たちの苦しみを知ることは必要。でもそれは自分が新しいものを見いだすためにこそ必要。まわりの人から、それ食えないぜ、腐ってるぜ、と言われるリスクはある。「まぁ好きにやってなさい」と言われたら、しめたもの。

 僕はスティーブ・ジョブズとはちょっと縁があるんです。大学卒業後、友人の翻訳会社で仕事もらったのが、ジョブズとウォズニアックの論文。IBMの中央集権型のコンピュータシステムに対抗して、ネットワークで個人が繋がる「パーソナル・コンピュータ」というアイディアを出したところがすごいなぁと思って、この人には成功して欲しいと思った。まだアップルで成功する前の話。

 スタンフォード大でジョブズがした講演は素晴らしかった。「後になってみないと分からないこと」について語っていた。彼は大学を1年でやめちゃったけど、大学にいるあいだ、calligraphy(西洋書道)を1年習った。のちにマッキントシュを開発するとき、フォントを選べる機能、字間を調節する機能(カーニング)、美しい字をパソコンで表現できるのを「標準装備」にするという発想で革命おこした。

 大学でなぜカリグラフィーを習ったのか、やってるときはなぜ自分がそんなことをしているのか分からなかった。後になって初めてわかる。あ、ちょっとトイレ行かせてください(笑)。中座
 ── (戻って)何をいうか一瞬忘れちゃったんですよ、そしたら便意をもよおして(笑)。

 ジョブズの講演の話でした。彼が言ったのは「心と直感に従う勇気をもつことが一番大事」と。これは深い言葉。自分の心と直感についていくには、勇気がいる。みんなやめろ、という。必ず妨害される。「なぜか」とジョブズは続けます。「あなたの心と直感は、なぜかはわからないが(somehow)、あなたが何になりたがっているかを知っているからだ」と。

 さすがに苦労した人の言葉は違うなと思いますね。計画性をもて、何年先のことまで考えて、と助言する人が多い。でも、そうではない。何歩か進んで振り返って初めて分かることがある。

 食文化でいうと、文化の違う人から「あんなものを食べて」と指さされるのは悲しむべきことではない。異文化への不寛容であるとしても、人類全体が飢餓で滅びることを防ぐという貢献。

 ひとりがあることをすることで歴史が変わる、または、ひとりがやるべきことを怠ることで歴史が変わる、ということがある。そのことは自覚しないと。教師の役割は、君たちが「やるぞ、学ぶぞ」という気にさせること、そのきっかけをつくること、それだけが役割。ひとりひとりの知性が何をきっかけに、どのように発動するかは、予測不能。だから異なるタイプの教師がいる意味がある。

 極真空手の達人と話して、内田先生の話はここに入るからいい、と胸をさすので、どこですか?と聞くと「大胸筋に入ります」と(笑)。人の話が自分の体にどのように入っているかをモニターすること、できるちからをつけることが大事。

 あんまり集中して聞くのもよくない。不思議なもので、不注意に聞いた話のほうが身に沁みる、ということがある。知性が活性化するのは、喉に小骨がささったとき。うまく飲み込めない。うまく理解できない。なんとなく半分くらいは分かる、というのがよい。

 分かりにくい話で、ごめんなさい。せっかくこの大学の教師になりましたので、また君たちとお目にかかって話ができるのを楽しみにしてます。(拍手)


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以上、京都精華大学「人文学概論」での内田樹さん(客員教授)のお話でした。

科目担当者のウスビ・サコ人文学部長がコメント的質問: 私(西アフリカ出身)、日本に来てショックだったのは、日本人のウソの付き方がよくわからない。国際的に大丈夫なのかな、と心配も。

内田さん: ウソは文化的なので、ほかの文化圏の真実とウソの見極めは難しい。身体感覚、今まで見たことのない身体反応にだまされる、という経験を何回かつむ必要ある。僕もフランス人で付き合いやすいのは、日本的な恥じらいとか、照れとかの身体反応が読み取れるタイプの人。

サコさん: 日本で、「いやこれは日本ではダメなんですよ、日本ではそうではないんですよ」とよく言い聞かされるんですが、そういうこと言う人は本当に日本文化がわかってないんじゃないか、とも思う。

内田さん: レヴィナスというユダヤ人の哲学者のことを勉強すると、なんで日本人の僕がユダヤ人の思想に興味を持つのかという問いがあり、日本人はユダヤ人の学術や文化に興味もつのに、ユダヤ人はあまり日本に興味もたないのは何故か、という歴史的な問いの流れに位置づけられることに。40年やってきて分かったのは、自分の個人的な関心だけなのではなく、日本人の一神教コンプレックスという思想史的なこととつながっている、ということがやっと見えてきた。

サコさん: 人間は知り尽くされていないし、知ろうとする問いが意味をもつ。人間って何、というのを大学で勉強する意味があるの、と問われることがあるが、私たちは「ある」と答え、精華大でも「人文学」をやめずに続けるつもり。

内田さん: 何年か前に京大で講演したとき、経済学部だかの人に「大学に文学部なんかある必要があるのか」と問われた。経済学は実学というが、資本とか貨幣とか市場とか欲望とか、経済学のベーシックな概念はみな幻想ではないか。僕らはそれらが幻想だとわかってやっているから、君たち(経済学者)よりはだいぶ正気だよ、と応じた。彼らの研究は非常にローカルな条件設定のなかだけで成立するものを扱っている。人文学はそれに対して、美とか、善悪とか、人類のあらゆる時代・空間に通じることを扱うという意味がある。(チャイム♫♪)お時間となりました。(拍手)

2015年1月21日

【Nuke】健康対策パブコメ

環境省へのパブコメ出しました。

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案件番号: 195140066
案件名:「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議の中間取りまとめを踏まえた環境省における当面の施策の方向性(案)」に関する意見募集について

所管府省・部局名等: 環境省 総合環境政策局 環境保健部 放射線健康管理担当参事官室

意見・情報受付開始日: 2014年12月22日
意見・情報受付締切日: 2015年01月21日


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【意見その1】
受付番号 201501210000329056

(2)福島県及び福島近隣県における疾病罹患動向の把握
について、「がん以外の疾患」については「既存のデータベースを活用する」との方向性が示されているが、これでは不十分・不明確である。

 チェルノブイリ原発事故以降、放射能汚染区域においては、甲状腺がん以外にも、甲状腺機能低下、白内障、心臓疾患、免疫不全、白血病、糖尿病をふくむ多種多様な内分泌系疾患などの増加が確認されており、とりわけ子どもにおける疾患の増加が見られる。

 ウクライナ・ベラルーシ・ロシアにおいては、福島県中通り地方よりも汚染度の低い地域でもこれら疾患の増加が現実におきていることから、福島原発事故による広範な汚染区域においても、予防原則にたって、多種多様な疾患や症状の増加に備えた健康管理・支援体制を早急に整える必要がある。

 これまでの福島県健康調査においては、甲状腺がんや「心の健康」など狭く限定された疾病のみを想定した調査がなされてきたが、今後はこれらに加えて、甲状腺炎、甲状腺機能低下、白血病、骨髄異形成症候群(MDS)、貧血、白内障、循環器系疾患、肝機能低下、免疫・内分泌系障害、乳がん、糖尿病など、幅広い疾患を想定した検診項目を立て、血液像の詳細な検査、心電図検査、尿検査も含めて長期間実施する体制を整えるべきである。放射能汚染は県境を越えて大きく拡がっており、健康調査と医療費減免を含む医療保健支援は福島県外でも実施していかなくてはならない。現在かならずしも顕著な汚染が残留していなくとも事故直後に放射能雲が通過した地域も対象に含める必要がある。

 福島原発事故による県外避難者は、46都道府県860市町村に離散しており、10年後、20年後には、福島原発事故で被ばくした人々が全国のあらゆる市町村で暮らしている状況を想定して、医療支援の態勢を準備することが求められる。したがって、国が責任をもって健康管理体制を構築するとともに、都道府県の保健行政、基礎自治体である市町村の臨床現場との連係を重視して対処すべきである。臨床的な早期把握と必要な医療保健支援とをうまく繋げるためには、一方では多様な領域の専門医との円滑な連絡が不可欠であり、他方では地元の開業医や保健師をふくむ総合医療・保健関係者との連携が、ともに重要である。そのためには、環境省・厚生労働省・文部科学省が省益や権限にこだわらず協力しあうことが必須である。

 環境省においては、「子どもの健康と環境に関する全国調査」(エコチル調査)など既存の調査プロジェクトの枠組みや経験を活かすことも重要である。健康管理支援体制の設計・運用・評価、および健康データの一元化と利用については、倫理的な側面もふくめ、透明性・独立性・公正性(とくにメンバー構成における公正さ)を備えた検討委員会による監査が求められる。

 現行の医師法においてはカルテ保存期間が5年とされているが、労働安全衛生法による事業主健診では(想定される有害物質の種類に応じて)30年ないし40年の保存が定められている。原発事故災害も長期の健康影響が懸念される「公害」であるとの観点から40年ないしそれ以上のデータの保全が重要であり、この点を法令化すべきである。

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【意見その2】
受付番号 201501210000329089

 100mSv以下の放射線被曝(いわゆる低線量被曝)の危険性について、中間とりまとめではあたかもリスクが証明されていないかのように記載されているが、最新の科学的知見に照らせば明白なエビデンスが続々と提出されており、そのことについては専門家会議に招聘された複数の外部専門家から会議の席上、具体的に指摘があった筈である。中間とりまとめがこれらを無視しているのは重大な瑕疵である。

 低線量被曝による健康影響を示す疫学的調査データは少なからず存在する。代表的なものとして、

・広島・長崎原爆被爆者寿命調査(LSS)第14報(Ozasa K et al, 2012, Studies of the mortality of atomic bomb survivors, Report 14, 1950-2003: an overview of cancer and noncancer diseases. Radiation Research 177:229-243)

・テチャ川流域(マヤーク再処理工場爆発事故の影響地域)住民の疫学調査(Krestinina LY et al, 2007, Solid cancer incidence and low-dose-rate radiation exposures in the Techa river cohort: 1956-2002. International Journal Epidemiology 36:1038-1046)

・15か国核施設労働者におけるがんリスク(Cardis E et al, 2007, The 15-country collaborative study of cancer risk among radiation workers in the nuclear industry: estimates of radiation-related cancer risks. Radiation Research 167:396-416)

・原発周辺で小児白血病に有意な増加がみられるとしたドイツの調査(Koerblein A, 2012, CANUPIS study strengthens evidence of increased leukemia rates near nuclear power plants.  International Journal of Epidemiology 41:318-319; Schmitz-Feuerhake I et al., 1997, Leukemia in the proximity of a German boiling-water nuclear reactor: evidence of population exposure by chromosome studies and environmental radioactivity, Environmental Health Perspectives 105, Supplement 6:1499-1504)

・子どものCTスキャンと白血病・脳腫瘍の発症の相関についての英国の調査(Pearce MS et al, 2012, Radiation exposure from CT scans in childhood and subsequent risk of leukemia and brain tumors: a retrospective cohort study. Lancet 380:499-505)

・CTスキャンによる医療被ばく(5ミリシーベルト前後)で子どものがん増加が確認されたオーストラリアでの大規模疫学調査(Mathews JD et al, 2013, Cancer risk in 680 000 people exposed to computed tomography scans in childhood or adolescence: data linkage study of 11 million Australians. British Medical Journal 346:f2360)

などがある。

 これらの知見に照らせば、福島原発事故の影響地域(福島県内に限らない)においても予防原則に立った対処をとるべきことは明らかであり、国際的な標準でもあるLNTモデルに基づく考え方を遵守した施策をとっていくことが求められる。ICRPの2007年報告においても、LNTモデルが予防原則にふさわしいアプローチであることが明記されている。

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提出した意見は、以上2本。

「原発事故子ども・被災者生活支援法」との関係について、支援法の理念に即した施策を具体化せよ、などなど言いたいことは他にも色々あったのだが、時間切れ(・_・、)


● 専門家会議(いわゆる「長瀧会議」)の「中間とりまとめ」のあまりのひどさについては、「放射線被ばくと健康管理のあり方に関する市民・専門家委員会」によるカウンターレポートで厳しい批判がなされている。 → 経緯こちら レポート本体(PDF)こちら 

● 専門家会議の委員である春日文子さん(日本学術会議・前副会長)は、環境省の施策案の不十分さについて、また専門家会議の「中間とりまとめ」それ自体の不十分さについて、雑誌『科学』2015年2月号に寄せた文章「環境省専門家会議中間取りまとめを踏まえた新たな施策の要望」において切々と述べておられる。


● ツイッターでおなじみ、study2007さんのパブコメは → こちら

● 国際環境NGO「FoEジャパン」が出したパブコメ → こちら

● 原子力市民委員会の報告書『原発ゼロ社会への道 ── 市民がつくる脱原子力政策大綱』の第1章第4節「健康の権利」もぜひ御覧あれ。 → こちら