2004年9月2日

【Abs】 アボリジニー伝統法とオーストラリア多文化主義の冒険

 昨年(2003年)9月に西オーストラリア州ホールズクリーク Halls Creek でおきた殺人事件のことが気になっていたのだが、昨日、パースの州高裁(Supreme Court)で判決があった。執行猶予つき禁固3年。犯人のアボリジニー女性は、同じくアボリジニーである内縁の夫を刺して、死に至らしめた。この事件がややこしいのは、殺人に対するアボリジニーの伝統法(部族法)では、殺された男の親族が犯人である彼女(あるいは場合によっては彼女の母の兄弟)に復讐することが認められる(...というよりは、復讐することが義務である)からだ。

● ホールズクリークでは、上記のような伝統法が生きている。
● 裁判はヨーロッパ法にもとづき「白人の裁判所」でおこなわれる。
● 西オーストラリア州では、アボリジニーの伝統法を一定程度まで尊重・配慮するための司法ガイドラインを検討中で、この裁判はひとつのテストケースと見なされてきた。
● 被告の女性(32才)は、欧州法の刑罰と部族法の刑罰の二重の刑を受ける恐れがあり、もしそうなったら、人権上、不当である、との議論が優勢だった。
● 被告自身は、部族法による刑罰を強く恐れており、「部族法で裁かれるくらいなら、(白人の法廷で)死刑にしてくれ」とまで主張していた。(これはレトリックの部分もあるだろうが。)
● 結局、判事は「執行猶予」をつけることで、二重刑罰の問題を回避した。
● しかし、部族法にもとづき、殺された夫の親族(あるいはその代理人)が彼女を傷つければ(あるいは死に至らしめれば)、今度はまた欧州法にもとづき、その「犯人」を逮捕しなければならなくなる。
● そこで、司法は、彼女に対して保護措置をとり、ホールズクリークから少し離れた町のアボリジニー・コミュニティに彼女を預けることにするらしい。

 そもそも、昨年の事件が気になっていた理由は、彼女が夫の太ももを刺した、ということだったからだ。太ももを刺すのは、アボリジニーの文化では、正当な復讐の手段であり、いわば、それで一件落着となる可能性のあるやり方であった。ところが、失血の具合が悪かったのか、夫は死んでしまった。(今回の欧州法による判決でも、そのあたりは考慮されていて、いわゆる「故殺」 ── 犯罪小説の好きな方の言葉でいえば「2級殺人」、日本流に言えば「傷害致死」── として短い刑期が言い渡されている。)

 報道によれば、州の法曹界では、今回の「執行猶予」判決を妥当とする見方が支配的で、これにより、アボリジニー法への配慮の流れが促進されるだろう、ということのようだ。ことはそう簡単にはいかないと小生は思うのだが、オーストラリア文化多元主義の冒険はまだまだ続く。


※参照報道
http://www.abc.net.au/news/newsitems/200409/s1189869.htm
http://www.abc.net.au/news/newsitems/200409/s1190347.htm