アボリジニーが豪州国内や欧州の博物館(あるいは大学や医学施設など)に所蔵されている ── さすがに最近は「陳列」されているということはなくなった ── 遺骨・遺骸などの返還(repatriation)を求める運動が、小生が注意してその動向をウォッチし始めてからでもすでに15年以上続いているのだが、最近、次々と成果があがるようになってきた。
昨年10月、スウェーデン政府が国立民族誌博物館に収蔵されていた十数体のアボリジニーの遺骨の返還を申し出て、その後、出身地域の調査がすすみ、このほどようやくオーストラリアに里帰りする運びとなった。9月7日のABCニュースによれば、今月にも出身部族の代表者がストックホルムに出向いて、受け渡しの儀式をするという。
http://www.abc.net.au/news/newsitems/200409/s1193651.htm
豪州国内の博物館や大学資料館は、ここ数年、このような返還にかなり協力するようになってきたが、英国をはじめ、欧州ではまだ反応が鈍い。国家として積極的に対応したのは、スウェーデンが最初ではないかしら。(国としては、アイルランドの医学機関が返還に応じた先例はある。)
ストックホルムの博物館に収蔵されていた骨は、エリック・ミョーベルイ(Eric Mjoberg)という山師的な人類学者が20世紀初頭に、キンバリー地方やクインズランドなどで「収集」(盗掘)したもので、「カンガルーの骨だ」といつわって持ち出したという逸話が残る。
遺骨や遺髪などの里帰りは、研究倫理と政治的公正の問題でもあるが、アボリジニーにとっては、なんと言っても宗教的な理由も大きい。死者は自分のドリーミング(トーテム)の土地に戻って、しかるべき儀礼とともに埋葬されなければ、その死者が浮かばれないばかりか、他のさまざまなドリーミングとのバランスが狂い、アボリジニーの宗教的世界観からすれば“世界秩序に対する驚異”となりかねないからだ。
今回、里帰りする遺骨(子供の骨を含むと言われる)も、それぞれの故地で、それぞれの土地の儀礼により、あらためて葬られることになる筈だ。
返還請求運動は、遺骨だけでなく、文化財に対してもおこなわれる。とりわけ、氏族(クラン)の聖物(ものとしては、線刻をほどこされた石であったり、彩色をほどこされた木彫りであったり、草や動物の毛で編んだ工芸物であったりする)やそれにまつわる物品は、強く返還が求められている。博物館・研究者側としても「資料価値」の高いものだったりするので、なかなか里帰りの話はまとまらない。
先日も、大英博物館の「所蔵品」となっている古いアボリジニー工芸品が、メルボルンに里帰り展示されていたのを、ジャジャウロン(ビクトリア州南西部のアボリジニー集団)の求めで、州裁判所が差し押さえたので、大英博物館が激しく反撥する、という一件があった。(この件は、まだ決着がつかず進行中だときくので、注意して経過をみておきたい。)
アボリジニー側が、政治的思惑から「為にする」ような返還請求をするという例も無くはないのだが、大きな流れとしては、歴史の見直しをいかに実践するかという問いかけであり、当然、アイヌ民族の遺骨・遺品の返還運動とも呼応しあう要素がそこにはある。